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「やさしいフォーカシング
自分でもできるこころの処方箋」
著者 アン・ワイザー・コーネル
コスモダイアリー出版
1800円(税抜き)


です。

またカウンセラーの先生がフォーカシングのことを知りたいと聞いたら
教えてくれた本は

講談社現代新書
「心のメッセージを聴く」
著者 池見 陽
講談社出版


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第二号です。
簡単に今回はフォーカシングオのプロセスを追いかけてみましょう。。


1.フォーカシングは体の内側、特にのど、胃、胸、下腹部のあたりに注意を向けることからはじまります。

これが第一にするべきことです。

2.感じを無理に見つけようとしたり、何かを引き起こすことはしません。
「今、自分の注意を求めているものがあるかな」というように、やさしい気持ちで自由に答えられる形の質問をして何か感じが出てくるように誘ってみます。

3.ある感じにはじめて気がついた時は、それに「こんにちは」と心の中で挨拶をしてその感じがそこにあることを確かめ、それから描写したり名前を付けます。

4.フォーカシングの次の段階では、その感じのことをもっとよくわかろうとして、「これは何なんだろう」というような好奇心をもった態度で腰を下ろして、それと一緒にいようとします。

しずかメモメモ:時折こうしてしずかメモを入れます。ポイントだったりこつだったりします。

 三節と四節は簡単なようで難しいです。私はいきなり女の子がでてきたりイメージがころころとカウンセリングの先生が待ってというぐらい変わります。
だからこれに付き合おうとせずとんと腰を下ろすとエネルギーもすごく使います。でも味わうというのがポイントのようです。

5.味わったその感じから何かもっと意味が伝わってくるのをゆっくりと待ちます。
何か感情を表すような言葉が出てくることが多いのですが、その言葉ぴったりかどうかを確かめます。


しずかメモメモ:ここもポイントです。イメージに流されそうですがあえてどっしりと構えてじっくりと感情と向き合うのです。


6.急がないでゆっくりやっていきます。体の内側にプレッシャーのない、ゆったりとした雰囲気を作って、ただそこにある感じと一緒にいます。
その感じが何かもっと伝えてくれるといいなぁと誘うようにやさしく問いかけます。

しずかメモ:以上が本の抜粋ですがよくわからないですよね。
たぶん雰囲気を作って落ち着き、いつも感じる喉を締め付ける感じとかおなかが重いなどよりゆっくり感じるということでしょう。私にとって最大の難関です。
ころころイメージが変わっていくからゆっくり味わっていたらダウンします。でも最近はそのように心がけています。


7.フォーカシングでは、変化は一歩ずつ、(普通は)小さな気づきという形で積み重なっていきます。一歩ごとにそれでいいのだと納得できる感じになって、体の内側に何か以前と違う感じがしてきます。そのように、一段落したところでフォーカシングを止めて、また別の機会に続きをやることもできますし、そのままやり続けることもできます。続ける場合には、やさしい態度で別の問いかけをしてみましょう。

8.体に宿されている意味は、時には、記憶とか、信念や態度まだかなっていない要求、自分自身のまだ見えていない部分などと関係していることがあります。何もその問題を「直したり」
「解決しようと」とする必要はありません。そのメッセージに気づくこと、それをこころから聴いてあげること、それだけで、深い解放感がもたらされるのです。

9.フォーカシングは、ゆっくりと、その時の気持ちを十分尊重して終わりにします。終わる前にしばらく快い感じのままでゆっくりでいたい場合もあります。自分の体に感謝して、また戻ってくることを伝えます。

10.日常生活の場面で、フォーカシングのセッションで体験した感じが戻ってくることがあります。「ミニ・フォーカシング」というか、フォーカシン日常生活の中でほんの少しやってみるとよい機会になります。

以上が簡単なプロセスです。
一度は誰かにしてもらうといいですよ。
(懇意にしている教授のアドバイスです)。私はいろいろしてましたが自分のやり方が間違っているとこの本で知って納得
しました。前は書きながらフォーカシングしていましたが、どうもうまくいっていないと先生は感じていたようでそれは本にも書いてありました。映画を
見るように見ていて実際に感じない、のです。それはほかのことも同じで
超エゴイスティックなものの見方と医者に言われて直す努力をしています。
ここ一か月ミニフォーカシングして少しずつ感じるようになりました。
今日カウンセリングにすればよかったのですがいい話題もなかったのでただ近況を話すのみにしました。個人的に気になることはありましたが過去に
なりつつある問題でしたのであえてしませんでした。で、おまけとして例題ともいうのでしょうか、めいみのめもめもフォーカシングの内容をひとつだけ載せてみます。
でもどれひとつとっても未だ成功例はありません。
一度だけ何もしないでぼーっとフォーカシングした時に開放感を覚えたことはありましたがメモも取ってないので載せることはかないませんでした。
ま、こんなんでよければいくらでも・・・・。(駄文だけど)
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おなかのあたりがもぞもぞします。
ゆっくりとシチューをかき回されるような違和感があります。
その中に私がおぼれています。
あっぷあっぷしています。
助けてと叫んでいます。
でもコミカルで本当に助けてと言っている感じはありません。
でも爆発しそうな気持がおぼれている私と現実の私の二人にある気がします。
それを(爆発しそうな気持)をあらわしているかもしれません。
今、レコーダーが見つかりません。
そのためにすごく焦っています。
その違和感がおなかのあたりの違和感といっしょになっているようです。
肋骨のあたりがざわざわしています。
こんにちはと声をかけました。
「急いでるんだね」
と私は声をかけました。
「そうなの」
と答えています。
「早く見つけたいのに。もうお金なんか使いたくないのに」
と言っています。
この間黙ってSDプレイヤーを買ったことを思い出してお金を使うことに恐怖感を覚えています。その恐怖をおなかのあたりが訴えています。
「もうお金つかいたくない」と言っています。
「大丈夫だよ」
とやさしく優しく(私が)言いました。
「あなたは悪くないんだよ。ちょっとだけおっちょこちょいなだけだよ」といいました。
するとおなかのあたりがゆっくり静まって行く感じがします。
ただまだ爆発しそうな気持が体のどこかにあります。
ただ急いでいる気持はなくなりました。
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これも成功例ではありません。本を読み進めて第五章まで来ているのですが(このメルマガはまだ第一章かはじめのほうです)
気持をそばによせるのが正しいので私のミニチュアが座って声をかけているのは明らかに頭の中で考えていることです。
ただこのころは女の子がちょくちょく出てきました。
インナーチルドレンかしら?
ハイヤーセルフ?
スピリチュアル的な言語が並びますが私はクリスチャンです。
でもカトリックに生まれてプロテスタント神学を学んだ私としてはこの奇妙な交差は問題ないです。
かくあるべきというものは私の宗教感ではあんまりありませんし。
でもこのフォーカシングは明らかに心理学としてのフォーカシングです。
スピリチュアルの雑誌にもありますがそれはまた違うものだと思います。
それはそれでいいし、心理学の世界でのフォーカシングを私は伝えたいと思います。のっけから編集しながら真面目な話で恐縮です。