天使と悪魔の最初で最後の恋 2012/08/18

 

ここは天使と悪魔と人間が住むあるパラレルワールドである。

 

一人の老齢の男性が苦しげに息をしている。そこへ降り立つ黒衣の男性。端正な顔立ちが雷鳴にとどろく部屋に白く照らされる。

「迎えに来たぞ」

そう言ってにやりと笑う。今にも魂を抜きとらんとしたとき邪魔が入る。

「ちょっと待ってよ」

白衣の女性が間に割って入る。長い髪が印象的だ。

「善行を行った人間の魂は私たち天使のものよ。彼は天の国に迎えられる資格があるわ」

これがある悪魔と天使の初めての出会いだった。

「何だ? こいつは俺様と契約を交わした相手だぞ」

「そんなの昔の話じゃない。結局あなたには魂を売り渡さなかったじゃない」

「契約不履行だ」

「どうぞなんなりと。一度の罪ぐらいで天の国の門を閉ざすほど私たちは愚かじゃないわ」

「この言わせておけば」

 部屋に青白い光が落ちる。

「なにすんのよ!!」

白衣の女性が抗議する。

「邪魔はさせない。おい。じいさん。覚えているか? あんたが昔契約した悪魔のミュリだ」

名前を聞いた途端白衣の女性つまり天使はくすくすと笑い始めた。

「何がおかしい」

「ミュリなんて女の子みたいな名前ね」

「悪いか!!」

 首筋まで真っ赤になっているのが暗い部屋でもはっきり手に取るようにわかる。ミュリは懸命に反論する。

「いいえ。威勢のいい女の子ね」

「俺様は男だ!!」

「はいはい。男ね」

あくまでも馬鹿にしている呈である。

「天使なんてどうでもいい。おい。じぃさん。命をいただくぜ」

ミュリが手を延ばした瞬間その手を天使が払いのけた。

「だめよ。彼は私たちと一緒に行くのよ。さぁ。主よ」

まばゆい光が窓から差し込んできてミュリは思わずまぶたを閉じた。

唐突に光は消えた。瞼を開けると老人は絶命していた。

「くそ。あの女!」

 まだ光でちくちくする目をこすりながらミュリは悪態をついた。ふとそこでミュリは思った。あの女の名前聞かなかったな。不思議とのんきなことを思ったのだった。

 

「あー!」

「あっ」

また二人は出会った。下界の人間界である。

「お前また邪魔しにきたのか!」

「あなたこそ」

二人は死にかけの女性をはさんで向かい合う。

「今度こそ渡さんぞ」

「彼女に聞いてみたら? 今回は私たちも迷う案件なのよ」

「だってさ。おい。そこの女。悪魔に魂を売り渡したなら覚悟はいいな?」

弱弱しく横たわる女性に向かってミュリは告げる。

「わかってます。・・・あの・・・女を・・・殺すかわりに私の命を・・・」

苦しげな息の下から女性はつぶやくように言う。

ほらみろと言わんばかりにミュリは天使は肩をすくめる。

「じゃ。遠慮なくいただこう」

ミュリが手をかざすと女性の体から光の球が現れた。それを手にするとミュリはランプの様な器具に入れた。炎のようなものがゆらゆらとゆらめく。用はないと去ろうとしてミュリは振り返る。

「と。お前の名前は?」

唐突に聞かれて天使は驚く。一瞬の間をおいて天使は口を開いた。

「カレンよ。カレン」

「カレンか。似合ってる」

それだけ言うとミュリは悪魔の住む世界へ戻って行った。

「変な悪魔」

カレンはつぶやく。天使に興味を持つ悪魔なんぞいない。しかしまだたった二回の鉢合わせなのにカレンの中にくすぐったい何かが生まれていた。

「なんなのかしら?」

ポツンと呟くとカレンもまた仲間たちが待っている世界へと戻って行った。

雨がはげしく振っている。カレンは軒先で雨宿りしていた・天使も悪魔もたまに人間のふりして人間界へ来る。その際には自分の力は封じられる。よって傘をもっていないためカレンは衣服がいささか濡れるのも我慢して軒先で雨宿りしていた。

そこへ傘が差し出された。

「ミュリ・・・」

 少し肌寒い思いをしながら傘の中に入る。

「いいの? 悪魔が天使を助けて」

「中立地帯だ。お互いつんけんするすることはないだろう」

「だれがつんけんしてるって?」

 強い語調でカレンは言葉を返す。

「妙なところで反応するんだな。ハイミスとでも言われているのか?」

 おもしろげにミュリは言う。

「悪い? 恋人も誰もいないわよ」

「・・・なろうか?」

「え?!」

「恋人になってやろうかって俺様は何を言ってるんだ?!」

その言葉に二人は顔を赤くしてうつむく。

「じゃ。俺様は帰る」

傘をカレンにおしつけるとミュリは激しい雨の中走り去った。

「ミュリ・・・」

カレンはその後ろ姿を見ながら傘の柄を強く握りしめた。

それからしばらくしてカレンは雨宿りした軒先をたびたび訪れた。傘を持って。そこでぼんやりと立ちつくす。道行く人間が不思議そうに見るのも気にせずカレンは恋人の話になったときのミュリの発言を思い出しては顔を真っ赤にしていた。傘を返すという目的があるが実際はあのくすぐったい感情を確かめたかっただけだった。それが恋の始まりであることとは知らず・・・。

「・・・っ! ・・・いっ! おいっ!」

物思いにふけっていたカレンはその声にはっと顔をあげた。目の前にミュリが立っている。知らず知らず顔が赤くなっていくのがわかる。

「そのままそこにいるのか?」

何をしているのか分からないとでも言わんばかりにミュリが言う。

「そのままじゃないわよ。傘を返したかっただけよ」

 カレンがやっとのことで言う。

「それは悪かった。意外とやさしいんだな」

やさしい声でミュリは言う。だがカレンはむっとして傘を押しつけた。

「悪かったわね!」

 叫ぶと今度はカレンが走り去っていた。

「変な奴・・・」

ミュリは傘の柄がほんのり暖かなことに気付いた。いつからここにいたのだろうか。心が温かくなる。新しい感情だ。妙な気分を味わいながらミュリは自分の世界に戻って行った。

天使界に戻り自分の部屋に入るとカレンは頬に涙が伝っているのに気付いた。

「な・・・んで・・・涙なんかっ!!」

カレンはベッドの枕に顔をうずめると思いっきり涙を流した。

一方ミュリである。返してもらった傘をみつめてはため息をつく。

「なんで怒ったんだ?」

思わぬ再開に心躍らせたのにそれは唐突に終わった。もっと話したかった。その思考にミュリは驚いた。天使と話したいなんて俺様も堕ちたもんだ。ほんの少し自嘲気味に笑うと物思いに深く入って行った。

今度はミュリの版である。あの軒先でカレンが来ないか待っていた。一か八かの賭けである。気持ちは狂気の沙汰かと思っても自分の行動を止められなかった。幾日も待つ。こうしてカレンも待ったのだろうか。カレンを思い出してはいつも怒り顔を思い出していた。

「ミュリ・・・」

かすかな足音に顔を上げるとそこにカレンが心もとなさそうに立っていた。

「カレン!」

ミュリと目を合わすと突然踵をひるがえしかけたカレンの手首をミュリは強くひっぱった。

「ミュリ?!」

驚いた顔でカレンが振りかえる。ミュリはそのままカレンを胸元へ引き寄せた。

「会いたかった・・・」

熱のこもった声でささやかれカレンはびくっとした。鼓動が早鐘をうつ。心臓の音がミュリに聞こえないかどうかとカレンは思う。

「どうして? 会いたいなんて」

「話したかった。どういうわけかカレンの・・・お前のことが忘れられなくて・・・」

 カレンは押し黙った。ミュリは拒否されるのかと思うと胸が締め付けられた。

「どうしてなの? 天使と悪魔は恋をしちゃいけないのよ」

天使と悪魔に設けられた罪についてカレンは言う。

「わかっている。それでも会いたかった。カレンの笑顔が見たかった」

「笑顔?」

不思議そうにカレンが問い返す。

「いつも怒った顔しか見ていなかったから」

そこで二人の間に沈黙が落ちる。

「笑顔を見てどうするの?」

 カレンが今にも消えそうな声で聞く。

「こうする」

ミュリはぐいっとカレンを引き寄せると唇を重ねた。

「ミュ・・・!」

元は抵抗しようとしたカレンもすぐにおとなしくなった。どれだけ二人は唇を重ねていただろうか。長いような短いような時間の中でミュリは何か冷たいものが頬に触れるのに気付いた。涙だった。カレンは泣いていた。

「どうして泣くんだ? キスしたことは謝るが」

「どうしてと聞くの? 天使と悪魔は恋ができないからよ。こんなに好きなのに」

カレンの言葉をうれしく受け止めながらミュリは口を開いた。

「そんなことか」

「そんなことって重大な罪よ!!」

 カレンが激しく抗議する。

「なら一緒に追放されればいい。二人で生きていけばいい。悪魔として一人きりで何百年も生きながらえるよりもカレンとともに人間として残りの五十年を過ごせれば俺様は構わない」

意を決した発言にカレンは息をのむ。

「嫌か? 俺様とともに過ごすのは」

 ぶんぶんとカレンは首を振る。涙が飛び散る。

「まだ泣いて・・・」

「だって信じられないんだもの。だった三回の出会いで二人して恋に落ちるだなんて・・・」

あげた顔には笑みがあった。

「やっと笑ったな。思った通りお前によく似合う」

「ミュリったら・・・」

カレンの顔にうれしそうな笑みが広がる。

「じゃ・・・このまま逃避行かしら?」

「そうだな。仕事を探さないと」

しかめっ面してミュリが言う・

「ずいぶん嫌そうね」

「人間界は面倒なんだ」

「どこの誰が五十年生きるって言ったのかしらね?」

「嫌みも言うのか」

「当たり前でしょ」

「そうか。俺様たちはまだ三回しか会ってなかったか」

そうよ、とカレンは頷く。

「これからお互いのこと知って行きましょう」

カレンが言うとミュリはうれしそうな笑顔で頷いた。

「共に生きよう。あと五十年を・・・」

「ええ」

二人は手を取り合いながら通りを歩いて行った。

 

 


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