神様ご光臨

第六話 夏休みはハプニング2

「さぁ。ラジオ体操だ!」
 子松は殺生石飛び乗りパフォーマンスを負えた次の日、盆の日に各部屋を起こしにかかった。教師にかかれば男子も女子もない。容赦なく起こしにかかる。松島だけは身なりを整えすっと出てきた。丈は寝不足のようだ。悪夢にうなされたらしい。きっと田中の御先使いが行ったに違いないとゆいるは確信した。
「大丈夫? やなぎ君。顔色悪いよ」
「うん。なんだかあんまり眠ってないみたいだなぁ」
 顔色を悪くしても丈はのほほんと答える。あくまでもマイペースである。
「ラジオ体操って小学校のお子様じゃあるまいし」
 しのぶ子は今朝から機嫌が悪い。ゆいるには優しいいつものしのぶ子とは違っていた。よってゆいるはしのぶ子をそっとしておこうと決めていた。
「お前らは俺から見たらお子様同然。朝からいい空気を吸ってリフレッシュすることのどこが悪いんだ?」
 子松が機嫌の悪いしのぶ子を挑発する。
「先生。やめてください。しのぶ子。調子悪いんですから」
「ゆいるは何も言わないで! これはあたしと子松のやりとりなんだから!」
 意外に厳しい声が飛んできてゆいるはびくっとした。ショックが隠せない。いつもはゆいるの良き友達のしのぶ子がゆいるを否定した。ほんの少しのことであるが何か見えない壁がしのぶ子とゆいるの間にあるような気がしてゆいるは悲しくなった。
「大丈夫。きっといつものしのぶ子ちゃんに戻るよ」
 丈がゆいるを元気つけようとして話しかける。
「そうだといいんだけど・・・。なぜか嫌われている気がするの・・・」
 最初から嫌われるのと途中から嫌われるのは違う。信頼を置いていたのにいきなり突き放されるのだ。何が悪かったかもわからぬまま。たびたびそんな経験をしているゆいるにとってしのぶ子の態度の変化には怒りを覚え、そして悲しみを覚えた。
「友達だと思っていたのに・・・」
「今も友達だよ。ゆいるちゃんとしのぶ子ちゃんは。ちょっとねじがずれちゃったんだよ。きっと元に戻るよ」
「だといいけれど・・・。昨日からしのぶ子おかしかったの。さっさと寝るし、温泉はいらないし・・・」
 怒りを覚える前に心配が頭の中を支配する。
「さぁ。みんなでラジオ体操だ」
 子松の掛け声でしかたなしに部員全員朝からラジオ体操を始める羽目になった。
 ラジオ体操を終え、朝食をとる。しのぶ子は近寄りがたい雰囲気を放っておりゆいるは自然としのぶ子を避けていた。しのぶ子は憮然とした顔つきで焼き魚をつついていた。
 朝食が終わったかと思うと子松は意外なことを言った。
「今日は夜まで自由時間だ。適当に観光して来い」
「え? 依童もしないですか?」
 ゆいるは意外な言葉に思わず尋ねていた。その脇でしのぶ子が体をびくんと動かしたのがわかった。
「そんなもん、外部の人間が見たら驚くだろう。依童をしたければ自室でしていればいい。研修とは自分でなすものだ。自己責任で行え」
「は・・・はい」
 もっともなことを言う子松に驚きながらゆいるは答える。しのぶ子はいまだ近寄りがたい雰囲気を持っている。だが、ゆいるは思い切って話しかけた。
「しのぶ子は前もここに来たんだよね? 案内してほしいんだけど・・・」
 最後は消え入りそうな声で言うゆいるにしのぶ子は顔を上げるとふっと微笑をこぼした。その微笑がなんだか切なくてどうしたの?と問いただしたくなった。だが、その前にしのぶ子はいつもの明るい表情を作ってゆいるの腕をつかんだ。
「じゃ、取っておきの場所を案内してあげる」
 ゆいるはしのぶ子に手をとられて旅館を後にした。

 小高い丘の上に二人はいた。那須の町が一望できる。
「すごい。どうしてこんなところ知ってるの?」
 ゆいるは感動して身を乗り出して見渡す。
「子松が・・・」
「え?」
「子松が教えてくれた・・・」
 ふっと振り向くとしのぶ子は涙をこらえていた。それでも瞳にたまった涙が地面に落ちていた。
「どうしたの? しのぶ子?」
 一歩前に出たゆいるにしのぶ子は叫んだ。
「近づかないで!」
「しのぶ子? どうしたの? いきなり何を言ってるの?」
 ゆいるは混乱した。
「ゆいるはいいよね。禁断の外典を使えて、それに殺生石の御先使いまで見れた。あたしには見れない。子松のことがわからない。わかりたいのに。わからない。子松はゆいるだけが大事なのよっ!!」
「しのぶ子・・・」
 ゆいるはしのぶ子の発言に戸惑った。
「先生が好きなのはしのぶ子だよ」
 いくらかの沈黙の後ゆいるは真剣な声で言った。
「うそ。いつだってゆいるを可愛がってるじゃないのっ。あたしなんて単なる一生徒じゃないっ」
「それは違う」
「違うって何よっ」
 ひゅん、とむじなが飛んできてゆいるのほほをかすった。ほほに傷ができる。
「あ」
 しのぶ子が驚愕する。出すつもりでなかった御先使いをゆいるをけん制するために出してしまった。
 しのぶ子はそのまま背を向けると走り出してしまった。
「待って。しのぶ子!」
 ゆいるは後を追おうとしたがむじながまた邪魔をして追う事はできなかった。

「先生!」
 ゆいるはむじなが消えるとまっさきに旅館に戻って子松を探した。だが、子松はいない。方々探してやっと見つけたときはしのぶ子が消えて一時間以上たっていた。
「先生。こんなところで何しているんですか!! しのぶ子がっ」
 子松は事務室で女将と茶をすすっていた。
「しのぶ「子」がどうかしたのか?」
 お調子者調子で子松は尋ねる。
「いきなりむじなを放ってきて消えちゃったんです?」
「何?」
 子松は湯飲みをデスクに置くと立ち上がった。
「本当にしのぶ子が君にむじなを放ったのか?」
 真剣な目をした子松にゆいるは静かにうなずいた。かたまった血のあとを見て子松の表情が曇った。
「何か言っていたか?」
「自分は単なるなる一生徒だって・・・。しのぶ子は先生のことが好きなんです! だからいつもあんなにつっかかって・・・」
「で。しのぶ子はどこに行った?」
「わからないんです。探したんですが・・・」
「女将。お茶ありがとう。ゆいる君探すぞ」
「はい!」
 ゆいるは子松の後についていった。

 しのぶ子はどこをどう走っていたのかわからずいつしか殺生石のところにきていた。
「ゆいるに見えてあたしに見えないなんてっ」
 感情が飛び出す。涙がぼろぼろでる。
「あなたが御先使いだろうと何だろうと消し去ってやるっ」
 しのぶ子は御先使いを殺生石に放った。

 かちん!

 まるで見えないバリアがあるかのように殺生石の前でむじなは止まった。
「どうして。どうしてあなたが子松の御先使いなのよっ。人型なのよ。あなたがいるから子松は好きな人もいないのよっ。あたしのことなんてっ」
 また御先使いを話そうとしたその瞬間、子松の手がしのぶ子の手を止めた。
「やめるんだ。しのぶ子。殺るんなら俺を殺れよ」
「子松っ!」
反射的にしのぶ子が振り返る。
「子松に何がわかるのよっ。あたしの気持ちなんてこのいしくずみたいなもんじゃないっ」
「そんなに俺が嫌いか?」
 静かに子松はしのぶ子に問いかけた。
 ぐっとしのぶ子は言葉に詰まる。長いのか短いのかわからない沈黙が降りる。背後でゆいるが緊張しながらみている。
「どうせ。先生はゆいるやこの殺生石が大事なんでしょ? あたしのことなんてたいしたことないんだからっ。どうせくずの出来損ないよっ」
 しのぶ子の感情が爆発する。と同時にむじなが子松に向っていった。御先使いが子松を敵とみなしたのだ。しのぶ子と同期している御先使いだ。しのぶ子の子松への想いが好きだけど嫌いと言う複雑な感情であったため御先使いが勘違いしたのだ。玉藻前が子松の前に現れる。むじなはあっさりと返される・・・ゆいるもしのぶ子も思った。ところが子松は玉藻前より前に出た。そしてそのむじなをうけとめた。子松の体のまんなかに御先使いの鋭いつめが引っかく。服がやぶれ血がにじむ。
「子松っ」
 しのぶ子は呆然として立ち尽くした。
「憎ければいくらでもやれよ。俺はお前にやられるのなら本望だ」
「どうしてそんな子供だましなんていえるのよっ」
 しのぶ子の涙が飛び散る。
「子供だましじゃない。俺はお前のことが好きだ」
 真摯な声がしのぶ子の耳に入ってきた。だが疑心暗鬼になっているしのぶ子の耳には届かない。
「うそばっかりつかないで。どうせゆいるやその玉藻前が大事なんじゃないっ」
 またむじなが小松に飛んでいく。それをゆいるはとめようと走り出した。タマが飛んでいく。
「タマ。メタモルフォーゼ!」
 タマは獅子の姿に変わった。誰よりも早くタマがしのぶ子のむじなをはじき返した。しのぶ子に御先使いが反動で向ってく。
 つめがしのぶ子を引っかく。
「しのぶ子!」
 子松が飛んでいく。鋭いつめに引っかかれたしのぶ子はくず折れた。子松が支える。
「馬鹿だな。俺はお前のことが一番気にかかるんだ。だからいつもちょっかいを出していたのに」
 子松はしのぶ子を抱きかかえると額に唇をつける。
「うそ。うそ。子松なんてうそしか言わないじゃないの」
 消え入りそうな声でしのぶ子は訴える。
「うそじゃない。俺はお前が一番大好きだ。愛している。ただ教師としては言うべき言葉ではない。だから言えなかった。待ってくれるか? お前が卒業するまで一教師でいてもいいと。その後はお前の恋人にさせてくれと・・・」
「子松。子松っ」
 しのぶ子は子松のシャツをつかむと泣き出した。しのぶ子が号泣する。
「いい子だ。さぁ。帰ろう。傷の手当が先だ」
 ゆいるはほっとして子松としのぶ子の後をついて旅館に帰った。幸い、子松の傷もしのぶ子の傷もたいしたことはなかった。ちょんちょんと消毒をつけるぐらいのものだった。しのぶ子が倒れたのはその衝撃からだった。
「もうこれから心臓がおかしくなりそうなことはやめてくれよ・・・」
「子松・・・」
 寝かされているしのぶ子は子松の瞳を見つめる。ゆいるはそっとドアを閉めて二人きりにしていった。