神様ご光臨

第9話 いってきます。ただいま。前篇

「えー!? 転校?!」
 しのぶ子の声が教室に響いた。
 うん・・・とゆいるはさびしげにうなずく。もうすぐ冬休みと言う頃になってゆいるの父の転勤がまた決まったのだ。
「せっかく依童もうまくなってきてるのに・・・」
「でも一人じゃ生活できないし・・・」
 悲しそうにゆいるは言う。
「柳に話したの?」
 しのぶ子が一番大事なことを切り出すとそのしのぶ子の手にぽとり、としずくが落ちた。ゆいるの涙であった。
「ゆ・・・ゆいる」
 泣き出してしまったゆいるにしのぶ子はあせる。
「ごめん。しのぶ子。・・・っく。ひっく・・・」
 ゆいるはしゃくりあげながら涙を拭く。よしよし、としのぶ子はゆいるの肩をなでていた。

「えー?! ゆいるちゃん転校するの?」
 部室で発表された重大ニュースを聞いて丈は絶句した。せっかく両思いになれたのに・・・。
「さみしくはなるが、そういうことだ。祝福して見送ってあげるように」
 子松のなんだかわけのわからないそこらの神父のような言葉にただ部員はうなずくしかなかった。
「わかったら、次は依童。3年は大会が終わったからといって気を抜くな。何が起こるかわらないからな」
 子松の叱咤を受けて部員たちはあわててばたばたと依童室へと駆け下りていった。だが、この暗いニュースは部員のやる気を失わせていた。いつもはきりりとしている松島がぼんやりとブランド品のキーホルダーをもてあそんでいる。
「せっかくゆいるとも仲良くなれたのにねぇ〜」
 潤いのない声で松島がつぶやく。
「いまさら転勤なんてあんたちの会社どーかしているわよっ」
 しのぶ子は初めの動揺から抜け出して今は怒りの塊と化していた。
「まぁ、まぁ。うちのおとーさん。転勤族だから。慣れてるし。そう怒らないで」
「ってあんたってこりない子ね。柳が田中に食べられてもいいっていうの?!」
「しのぶ子ちゃん。怒るのはいいけれど危ない発言はやめて・・・」
 丈もゆいるもゆいる自身の転校のことを気にかけるよりもいかにしのぶ子の怒りをおさまるかに奔走していた。
「あんたんちって変よっ。恋人が離れ離れになってもいいの? 朝泣いていたのは誰よっ」
「今はほら!」
 ゆいるは明るくおどけて言う。
「携帯メールもあるし、電話もあるし、ネットもあるし!」
「そーいう問題じゃないっっ!!」
 どどーんとしのぶ子の怒りが落ちる。
「しのぶ子―。怒らない怒らない」
 ふにゃっとした笑顔のままゆいるはしのぶ子を説得する。
「もうゆいるなんて知らないっっ」
 ふんとしのぶ子はそっぽを向く。
「しのぶ子―」
 ゆいるはしのぶ子の背中に抱きつく。
「知らないったら知らないっ」
「しのぶ子のばかー」
 背中に乗りながらゆいるはこの友人思いの親友に感謝していた。今まで表向きばかりのつきあいばかりだった。本気で怒ったり泣いたりする仲間はいなかった。でもここにはいる。一生に一度の人生に出会ったこの貴重な出会いをゆいるは一生忘れないだろうと思った。

「あれから二週間もたつのね〜」
 投げやりな態度で松島が言う。きりりとした部長ではあるが活字嫌いの怠け者の面も持つ松島である。今は怠け者モードの松島であった。
「そうですねー」
 人畜無害な笑顔を浮かべて丈が答える。
「何にへらと笑ってるのよっ。ゆいるをかっさらってきたらどうなのっ?!」
 しのぶ子の怒りは収まってなかった。パコン、としのぶ子は丈の頭をたたいて八つ当たりする。
「さ・・・さらうって・・・犯罪じゃないか」
「愛しているならそれぐらいしなさいよっ」
「あ・・・あいしてる・・・って」
 かぁぁっと丈の顔が赤くなった。
「じゃ、好きじゃないの? どうなのよ?」
 勢いを増したしのぶ子に迫られて丈はこくこくとうなずく。
「好きです。愛してます」
「そーいう台詞は本人の前でいいなさいよぉ」
 田中が面白くなさそうに言う。
「はぁ。張り合う相手がいないとさみしいわぁ」
「張り合っていたんですか? 田中君って」
 関口が突っ込む。
「そりゃ。恋敵ですもの」
 うっふんとい田中が答える。はいはい、とだれた声で松島が手をたたいた。
「これ以上だらけていてもしかたないでしょ。今日も依童よ」
 その声に部員たちはしかたなく依童室へわらわらと向っていった。

 夕日の落ちる頃、しのぶ子達は下校するため校門へ向っていた。てくてくと下り坂を降りる。その前方に小さな人影があった。
「しのぶ子!」
「え? 今、誰かあたしを呼んだ?」
 近くにいる部員に尋ねるが皆、違うと首を横に振る。
「しのぶ子!」
 ゆいるの声が再びしのぶ子の耳に届いた。
「ゆいるちゃん!」
 ダッと丈が人影に向って駆けていく。遅れまいとしてしのぶ子も走った。
「しのぶ子! 丈君!」
 ゆいるは二人のほうに駆け寄ってきた。
「ゆいるちゃんどうしたの?」
 その格好といわんばかりに丈が尋ねる。両手に荷物、下にはタマを入れたバスケット、背中にはリュックサック・・・。
「家出・・・してききちゃった」
 てへっ、とゆいるは笑って答える。笑ってごまかそうというところか。丈はあんぐりと口をあけた。その口をしのぶ子はと手を当ててとじさせてやる。それからゆいると向かい合った。
 私、とゆいるが言う。
「私、ここしかだめみたい。誰も友達になれなかった。それで一人暮らしさせてもらおうとしたけれどパパは許してくれなくて・・・」
 そう言ってゆいるは涙ぐむ。
「ゆいる・・・」
 しのぶ子は涙ぐんだゆいるを見て抱きしめてやりたくなった。小さな体がより小さく見えた。
「お願い、しのぶ子。居候させて! パパが許してくれるまで!」
「え? い・・・居候?!」
 いきなりの発言にしのぶ子もすっとんきょうな声を出す。
「だめ?」
 上目遣いで甘えられるとしのぶ子もなんと答えたらいいのかわからなくなる。
「しかたのない生徒だ。私の家にでも居候させよう」
「子松!?」
「子松先生!」
 ゆいるの顔がぱぁっと明るくなった。丈としのぶ子は複雑である。
「それに転入するには保証人が必要だからな」
「ありがとうございます」
 ゆいるは90度にお辞儀して礼を言う。
「いやー。新婚生活が始まるみたいだな〜」
 あっはっはっと笑う子松をしのぶ子はぎろっとにらみつけた。
「子松!! ゆいるに手を出したらあたしと柳が承知しないからねっ」
「ばーか。俺にはお前しか手をださねぇよ」
 こそっとしのぶ子の耳元で子松がささやくとしのぶ子の頭にひじをのせた。
「こらひじかけにするなっ」
 顔を真っ赤にして叫ぶしのぶ子を見てゆいるが笑う。その笑いは丈にも移って二人で笑う。あとから来た松島たちはどうなっているのか話がわからない。
「ただいま戻りました。白鳥ゆいる。よろしくお願いします」
 松島たちに言うと松島が手を差し伸べた。
「お帰り。ゆいる。待っていたわ」
「お帰り。ゆいるちゃん。さみしかったわぁ」
「あれ? 田中君。丈君が好きなはずじゃ・・・?」
「うるさいわねっ。関口。あんたは松島といちゃついていたらいいのよ」
「いちゃ・・・」
 ふらぁっと関口が倒れていく。
「関口君」
 困った、というように額に手を当てて松島が名を呼ぶ。しかたなしに田中が倒れた関口を抱きとめる。ほかに抱きとめられるような男は丈以外いないからだ。
「世話の焼ける子ねぇ。もう〜」
「だ、大丈夫ですか?」
 さまざまな言葉が飛び交う。
「あー。とりあえず部室にもどれ。話はそれからだ。柳は荷物を持ってやれ。私はご両親に連絡してくる」
 その言葉にゆいるがびくり、とする。それを子松は手で制する。
「心配しなくていい。転入の話だから」
「はい。ご迷惑おかけします」
 ゆいるは再び深々と礼をした。

 特別に部員たちは夜の部室に集まっていた。子松がなかなか戻らない。てこずっているのだろうか。ゆいるは不安になった。
 がらっと部室のドアが開いた。
「子松!」
 座っていたしのぶ子が近づく。
「まぁ、座れ」
 子松はいすをひっぱってくるととん、と座った。
「これからゆいる君のご両親が来るそうだ。転入の件はそれからだ、そうだ」
「いやっ。私、どこにも行かないっ」
 ゆいるは涙声になりながら丈の後ろに隠れる。
「大丈夫だ。教師が下宿させるんだから安心するだろう。あるいはしのぶ子君のご両親が受け入れてくれればそちらに行ってもらうことになるが」
「う・・・うちの両親も呼び出してきますっ」
 しのぶ子は声を上げると部室を飛び出していった。
「で、ちょうどいいからこれからのことを話しておこう」
「これから・・・のこと?」
 ゆいるはぼんやり思いながら思い当たる節があるのを感じていた。
「そうだ。なぜ、依童という制度があるのかと言う真核のことだ」
「なぜ・・・」
「依童が・・・」
「あるのか・・・?」
 部員たちがそれぞれ口につぶやく。
「この世界にはある組織がある。まぁ、簡単にゼロ会といっておこう。その会が操っているあるものを封印するために依童する人間の集団ができた。それが今、我々が所属している依童会だ。依童会とゼロ会は相反する世界のものだ。ゼロ会は一種、異端児の中の異端児。そして悪、ともいえよう。その集団に立ち向かうために我々は常に技を磨き伝え、今に至るのだ。その封印に使われるのが禁断の外典なのだよ・・・」
「禁断の外典が・・・」
 あっけにとられてゆいるはぽかん、と口をあけてしまった。自分の選んだ本がそんなに大層なものだったなんて。
「そして禁断の外典を開けることなら素質のある人間なら誰でもできるがもうひとつ決定打がある。グリフォンだ。純白のグリフォン目覚めしとき、悪しきものを封印せよ・・・というのが依童師に伝えられている口伝だ」
「悪しきものを封印・・・せよ・・・ってこの私が?」
 うそでしょう?とゆいるは子松を見上げる。
 だが、子松の苦悩に満ちた表情がすべてを物語っていた。
「若い君たちにこんな問題を残すつもりはなかった。もし私のときに開けていたら・・・しのぶ子もゆいる君達も平和に暮らせていただろう・・・。だが、もうグリフォンは目覚めた。君たちの運命はそれぞれの手中にある。私は力不足だが君たちの道を助けよう。そして平和な日々を取り戻そう」
「先生・・・。私がここにこなかったらもしかしてグリフォンは目覚めなかったということですか?」
「考えるな。不毛な考えだ」
「私・・・ここにいちゃだめだったんだ・・・」
 がたん、いすが倒れた。
「ゆいる君!」
「ゆいるちゃん!」
「ゆいる?」
 入り口ですれ違ったしのぶ子が呼び止める。ゆいるは制止を振り切って廊下に走り出していた。