神様ご光臨 

 

最終話 御伽高校文芸部

 

薄靄の中をゆいるは彷徨っていた。見覚えのない風景だがどこかで知っている不思議な空間だった。妙に懐かしい気持ちを覚えながら歩く。しばらくして空間が開けた。そこには一頭の白い獅子がいた。

「ライオン?」

『ゆいるちゃん。惑わされないで。あれは地獄の番犬ケルベロスだよ』

「ケルベロス?」

 ゆいるは不思議そうにつぶやく。すると三つの顔を持った大型犬に変わった。まがまがしい気配が辺りを支配する。

『よく見破ったな。聖なる者よ。私が悪しき者だ。先代の挑戦者たちは私が喰らった。今回はどうしてくれようか・・・』

 ケルベロスはのどの奥でくつくつ笑う。

「敗れたというのは先生たちのことなの?! あの赤い勾玉に彼らの命が入っているのは本当なの?」

 急に憤りを感じたゆいるは声を張り上げた。

『どうかのう。そなたの目的は私を倒すこと。また近々会おう』

「・・・いる。・・・っいる! ゆいる!」

隣のしのぶ子に肩を強く揺さぶられてゆいるは目が覚めた。

「ほぉ。私の授業に眠るとは堂々としている。問三を答えたまえ」

 おどおどろしい子松の声にゆいるはケルベロスと叫びそうになって口を押えた。一般生徒は知らない。うら寂しい文芸部としか思われていない。一年生すら入っていないのだから。口を押えたまま問三を探す。まったくもってわからない。本文から出ているため文脈が全然わからない。しのぶ子がそっとペーパーを見せたが答えでない気がして答える。

「わかりません」

教室内がざわつく。優等生のゆいるがわからないとは・・・。

「わかった。座りたまえ」

あっさりとゆいるを解放すると子松はまた授業を再開した。

 

 放課後である。

 

チャイムが鳴ると同時にゆいるは部室に向かって走り出した。しのぶ子、丈がそれに続く。

 部室の扉を開けると子松がいるかも確認することなくゆいるは叫んだ。

「先生! 悪しき者がわかりました」

「ぬぁにぃ!」

 のんきに煙草を吸っていた子松がすっころぶ。

「子松!」

「大丈夫だ。しのぶ子」

 あわてて駆け寄るしのぶ子を愛おしげに見つめた後、軽く制する。

「ケルベロスです。たまが教えてくれました。悪しき者として会いました。命の勾玉には今まで命落とした聖なる者たちの血が集められていると」

 それを聞いたしのぶ子がぎょっとする。

「大丈夫だ。命の勾玉は悪さはしないから」

 放り出しかけたしのぶ子の勾玉を握って手を重ねる。

「ケルベロスはその血でもって私たちと闘うと言っていました」

 そうか、と言って子松は押し黙る。

「先生?」

気遣わしげなゆいるの声にいや、と言葉を返す。

「早く解放してやりたくてな・・・」

「そうですか・・・」

 沈痛な雰囲気の中しのぶ子がふと疑問を落とす。

「どこにいるの? ケルベロスは」

 それが・・・、と言ってゆいるは答えに窮する。

「夢の中でしか会っていないから・・・」

「黄泉平坂(ヨモツヒラサカ)だ」

 子松の答えに部室に入っていた松島がつっこむ。

「あのイザナギとイザナミが離婚したという・・・」

「そうだが。いやに現実的な表現を使うな。松島は」

「解説にそうありました。それよりもあの世とこの世の境ってどこにあるんですか? どの宗教も答えを出していません」

「それなんだが崖という説もある。横穴式古墳の模様を神話化したとも・・・。時が来れば三人は呼ばれるだろう。そこに我々がついていけるかはわからない。一応応急処置をさせてもらうが。ゆいる君後ろを向きたまえ」

「え。はい」

 ゆいるがぱっと後ろを振り向いているとちくりと痛みが走った。すこしひんやりする。

「先生?」

 きょとんとしてゆいるが振り向く。

「玉藻前の針を使った。俺とゆいる君は見えない糸でつながっている。ゆいる君が一人になっても後を追えるようにした」

「え〜? ゆいるだけぇ〜?」

 しのぶ子の抗議に耳を閉じて子松は部員たちをせかす。

「戦いの日は近い。皆よく準備するように。おらおらしのぶ『子』。ちゃっちゃと依童してこい」

 しのぶ子の首根っこ引っ張りながら子松は山の人生の背表紙を引っ張った。

 

 それから数週間何もない日が続いた。ゆいるの緊張は高まる一方だった。だが、たまは三味線に変わるだけ。

「たまぁ〜。一回ぐらいグリフォンになってよぉ〜〜〜」

 情けない声を上げるゆいるにみな笑いを禁じ得ない。

「先輩たちまで・・・」

ころころ笑う松島にゆいるはほほを膨らませて風船をつくる。それをしのぶ子がつついてつぶす。そんな笑いの日々だった。

そんなある日眠りについたゆいるはまた薄靄の空間を歩いていた。不安になってしのぶ子の名を呼ぶ。

「しのぶ子? 先輩?」

返事は帰ってこない。薄暗闇に近づいた歩き先には転校生になってすぐいじめられる自分がいた。暴言が耳に入ってくる。はやし立てる声が聞こえる。

「いや。しのぶ子。丈君。先生。先輩・・・助けて。みんな助けて・・・!!」

叫んでゆいるは頽れた。

 しのぶ子も薄靄の中を歩いていた。視線の先に子松と親しげに話すゆいるがいる。

「子松! ゆいる!」

 どんなに叫んでも届かない。愛しているといった子松の言葉が崩れていく。怒りと悲しみに満ちたしのぶ子も意識を手放した。

 丈は歩いていた。周りから兄を褒める声が聞こえる。うっとおしい。兄の存在にいらつく自分がいた。だが、丈だけはその声に負けなかった。ゆいるの名を呼び探す。

「ゆいる。どこにいる? ゆいる姿を見せて」

 声がかれそうになるまで探していると目の前に茂みの前に立っていた。いつしか腰に携えていたハハキリを手に持つとザンッ! と茂みを薙ぎ払った。その昔ヤマトタケルが炎を切りはなったように。

 目の前に神話の時代に出てくるような衣装を身に着けて倒れているゆいるがそこにいた。抱き上げて名を呼ぶ。強く揺さぶる。うなされ続け泣くゆいるの額に口づけ抱きしめる。そのほほに流れる涙を一刻も止めてやりたかった。ゆいるは懐かしい気配を感じて意識が戻った、気づけば丈に抱きしめられていた。

「丈君・・・」

小さな小さな声で呼ぶ。ぱっと体が離れた。

「よかった。もう、目を覚まさないかと思ったよ」

にっこり笑う丈にゆいるは抱きついた。

「丈君!!」

 安心感を取り戻すと同時につらい思いがどっとあふれる。そのまま丈の胸の中で泣く。丈はぽんぽんと背中を軽くたたく。安堵感が広がっていく。ふとしのぶ子の存在が気になった。二人でしのぶ子を探す。

「しのぶ子―!」

声のあらん限り叫んで探す。ゆいるは自分と同じようにまた怖い目に合ってるかと思うといてもたってもいられなかった。悪夢から救い出したかった。薄靄はだんだん光を失っていく。少し離れたところからしのぶ子の泣き声が聞こえてきた。二人はまっすぐその声のもとへ走った。そこでしのぶ子はゆいるのように眠って泣いていた。

「しのぶ子。しっかりして」

「君の見ている幻は悪夢だよ」

  らちが明かずゆいるは強めにしのぶ子のほほを叩いた。何度かの後、しのぶ子の瞼が動いた。

「ゆいる? 柳? さっき子松と・・・。って二人がなんで一緒なの?」

 しのぶ子が目覚めたのが合図のようにぱちん、と何かがはじける音がした。

「しのぶ子!」

 子松が走ってくる。ぎゅっとしのぶ子を抱きしめるとすぐ解放する。

「戦いだな?」

「はい」

 重々しい表情でゆいるは答える。これがケルベロスの第一戦だったのだ。弱い自分に取り込まれて夢の中で死ぬところだったのだ。そして命の勾玉に吸収される。からくりが見えた。過去この悪夢で命を落としていったものがどれだけいたか。次はどの一手で来るか。ゆいるは恐怖で体が震えたが丈がしっかりと掌を握ってくれた。安堵感に包まれる。この三人なら大丈夫。武者震いを一度するとしっかりとした声で尋ねる。

「玉藻前さんは?」

「ゆいる君たちの世界とこちらをつないでいる。時間はあまりない。早く封印を」

「はい」

 しっかりした声でゆいるは頷く。どうしたらいいかわからないが何とかできるような気がした。これはあの世とこの世の儀式なのだ。古来からの。だがこのシーソーゲームにけりをつけるときが来たのだ。松島たちがすぐそばにいた。ゆいるは笑って手を差し出した。

「先輩の力を貸してください」

 松島と手を握る。その上から関口と田中がかさなる。文芸部が一体になった時間だった。

 犬の遠吠えが聞こえる。ケルベロスの合図だ。ゆいるは丈たちに頷いて進みだした。あの世とこの世をつないでいる子松は部員たちがだれ一人欠けることのなく戻ってくるのを強く願って見送った。

 どんどん夜の気配とまがまがしい気配が近づいてくる。ゆいるはふっと立ち止まった。先の見えない闇を見つめると言い放った。

「来たわ。ケルベロス。さぁ。ゲームの続きをしましょう」

 別人のような強気の発言にしのぶ子も丈も驚くが気が抜けぬ戦い。黙っていた。神々しささえ見えるゆいるは高天原の神のようだった。それにこたえるようにまたケルベロスはくつくつ笑う。

『ゲームか。面白い娘よのう。その命の勾玉を贄として今度こそわが世としてくれるわ』

 ケルベロスが動く気配がした。すかさず丈が八咫烏を放つ。手にハハキリを握る。

「いでよ。グリフォン。悪しき者を退けよ!」

 ゆいるが鏡を掲げるとたまがグリフォンに変わった。

『いくよ。ゆいるちゃん』

「たま。お願い」

 三人の御先使いが放たれる。禍々しい気配は弱まらない。

『早く。その贄を渡せ!』

 伸びてきた手をはじいたのは松島のマングースだった。

「お目付け役からの頼まれものよ」

 松島はしのぶ子に目で合図する。しのぶ子は軽くうなずくとすぐケルベロスに向き直った。

 勾玉を天高く掲げる。

「命の勾玉よ。この命もて鏡に力を与えよ」

 勾玉が光輝いた。鏡と剣も共鳴して光が増す。

 ケルベロスが苦しげに唸る。

「さぁ。封印されなさい」

 ゆいるが鏡を向けるとそこにはうじたかる醜女がいた。

「グリフォンよ。勾玉の代わりに悪しき者を封印しなさい」

  鏡が一層かがやく。醜女は身をよじって苦しむ。

「ケルベロスよ。多くの人の命を奪った過ちの裁きを受けなさい!」

 ゆいるが叫ぶと醜女はケルベロスの姿に戻ると勾玉に引き寄せられた。空中であがく。ケルベロスにさぁ、と三人は力を注ぐ。関口たちも依童の力を光に変えて後押しする。のち

「子松の友達奪った奴なんか許さないんだから!!」

 しのぶ子が叫ぶと勾玉から赤い血のような石が二つ出てきた。鮮やかなそれは弱ったケルベロスを取り込む。

「グリフォンよ。封印を!」

 ゆいるが命令を下すとグリフォンはたまの姿に戻った。

『ばいばい。ゆいるちゃん。ケルベロスを封印するにも贄が必要なんだよ』

「うそでしょ・・・。たま」

 ゆいるは顔から血の気が引くのを感じた。丈が支える。そこへ突然別人の声がわいた。

『大丈夫です。たま様とゆいる様にすくっていただいたこの私。疫病神がその力となりましょう』

「疫病神さん・・・」

 ほっとしつつも以前のようにたまも一緒に行くと言い出すのではとゆいるの心は恐怖で震えた。

『疫病神さん。僕も・・・』

『いけません。あなたはグリフォンとして聖なる者ヤマトヒメの生まれ変わり、ゆいる様を守る使命があります。この三柱の守り神として生きてください』

「疫病神さん・・・」

 ゆいるは泣いた。たまの気持ちも疫病神の気持ちも痛いほど伝わった。いっそ私がとたじろいだとき丈がしっかりその手首をつかんだ。

「丈君」

「だめだよ。ゆいる。さぁ。封印を」

 しばし沈黙がただよった。丈が手首をつかんだ手の力を強める。涙をこらえてゆいるは叫ぶ。

「封印!」

『ゆいるちゃん!』

 たまとゆいるの悲しい声が重なった。

『オノレ・・イツカ・・・マタ・・・ココニ・・・モドッテクル』

「永久不滅に封印せよ!!」

 叫んだゆいるの瞳から涙がとびちった。

 ケルベロスは唸りながら勾玉に吸収されていった。それを見守ったゆいるは次の瞬間その場にうずくまった。抱えた両手の間から嗚咽が漏れる。

「ゆいる。がんばったね。大丈夫。疫病神さんは死んでないよ。行くところがない彼に行き場と役目を与えたんだよ。鈴の時と同じだよ」

「丈君!」

 ゆいるは丈に抱き着くと号泣し始めた。

「ゆいる」

 しのぶ子が優しく声をかける。そこにはヒスイの緑色した勾玉があった。

「しのぶ子?」

 涙が混じった声でゆいるは尋ねる。

「あげる。たまにつけてあげて。物騒かもしれないけどこれはたまとゆいるが持つものだと思う」

「でも先生からのもらいものじゃ・・・」

「子松は生きてるもん。ブランド品ふんだくるわよ」

「しのぶ子! 私のブランド品を取るなんて!」

 松島が雷を落とす。

「へーん。いいもーん。松島先輩なんてこわくないもーん」

 場が和みかけたまさにその時別の雷が降ってきた。

「早く帰れ! 帰れなくなっても知らないぞ!!」

 子松の声だった。相変わらず不思議な教師である。だっとしのぶ子が駆け出す。

「ちょっとしのぶ子!」

 ゆいるがその後追い丈がゆいるを追う。松島たちも肩をすくめて帰り始める。ケルベロスがイザナミかどうかはしらないが主のいないあの世はどうなるのだろうか。とりあえず平和は戻った。これからまたがやがやとした文芸部に戻るだろう。子松は亡き級友に感謝をささげつつ学生たちをつれて現実へと戻った。これからどんな話が展開するかはまた別の物語である。